FC2ブログ

「自由」に生きるとは何か?

こんにちは。
ご無沙汰しています。
なかなかブログ更新が出来ない日々が相変わらず続いています・・・

今日もカウンセリングとカウンセリングの合間を縫って更新させて頂きます。


さて、今日、僕が選んでみたテーマは「自由」です。


皆さんは、この「自由」をどのように捉えられていますか?



クライアント様方に質問してみた答えを書いてみますね。

・何の束縛や制限が無い事

・自分が使える時間が多くある事

・お金の心配が無く、やりたい事が出来る事



これらの答えが多かったですね。


まあ、世間でいうところの「自由」のイメージでしょう。

別に僕は人それぞれだと思っていますので、これらの答えに○×は付けません。



では、僕が捉えている「自由」というものを書いてみますね。
僕が捉えている「自由」とは・・・



分が生きる理がはっきりしている状態」


僕の中ではこれが「自由」です。

自分が何の為に生きているのか?
その理由に対して明確に把握できている状態にある場合、その人は「自由」であるという意味です。



ですから、僕から観た場合、多くの人は「自由」ではありません。
勿論、これはあくまでも僕の「観方」です。



「あなたは何の為に生きていますか?」


この質問に即答で明確に答えられた人は本当に少ないです。

ですから、僕は答えられなかった人を「不自由」だと認識します。

つまり、「自分が生きている理由が無い」という認識です。


このように、僕が捉えている「自由」とは、お金や時間などには無関係であって、そんな要素はどうでもいい事なのです。

どんなに収入が高くて、どんなに時間が多くあったとしても、「自分が生きている理由」が不明確であれば、果たして真の幸福感は得られるでしょうか?真の充足感は得られるでしょうか?

僕にはとてもそうは思えません。



あと、よくありがちな事としまして、母親などに多いのですが、 「子供の為に生きています」という答え。

一見、生きる明確な理由のように見えますが、僕の中ではこれも「?」が付いてしまいます。


誤解が無いように申しておきますが、僕も子の親です。
ですが、「子供の為に生きている」という理由は全くありません。



その理由としましては、「子供の為に生きる」という事を僕が生きる理由に据えてしまいますと、子供が全てになってしまうからです。「全て」とは一種の固定概念であり、いわゆる思い込みです。

すると、子供に対する「思い込み」が子供を「自由」にさせなくなる
僕はそう認識しているのです。



「子供の為に生きている」と考えている親が、結果として子供に自らが生きる明確な理由を与えなくなってしまう。

何故なら、過保護や過干渉が発生するからです。



子供に対する過保護や過干渉は、子供の正常な発育においては邪魔なものです。
それは、子供が本能的に持つ防衛本能に起因しています。

子供は本来、失敗を繰り返しながら成長するようにプログラミングされている訳ですから、過保護や過干渉によって子供に失敗させないようにしてしまいますと、子供の脳が発達しないのです。

つまり、考えられない大人になる訳です。



その結果、思考停止が起こり、感情的な大人になるのです。


まあ、少し話が逸れてしまいましたが、これが僕の「自由」の定義です。

関連記事

テーマ:ヒューマンスキル - ジャンル:心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

コンテンツ分類
最新記事
著者プロフィール

花田俊亮(とし)

Author:花田俊亮(とし)
ライフコーチ/量子カウンセラー/上級心理カウンセラー。
量子物理学研究家/脳科学研究家。
起業家。

1973年・北海道生まれ。
神奈川大学経営学部国際経営学科卒。


【自分の中心軸】


1.思いやりを持ちながら生きていく

2.心に余裕を持ちながら生きていく

3.好きな事をしながら生きていく

4.家族を大切にしながら生きていく

5.友人たちを大切にしながら生きていく

6.楽しい時間を持ちながら生きていく

7.流れに身を任せながら生きていく



1992年~2012年 関東在住。
2013年~ 旭川在住。


好きな言葉 『それでいいのか、自分!』

趣味:ギターによる作詞作曲、日本酒

ブログ村ランキング
いつもありがとうございます
にほんブログ村
クリックをお願いします♪
お薦めサイト
検索フォーム
無農薬ジュース
無添加酵素
コーヒー
漢方
シャンプー
遺伝子検査
天文
旅行
ドメイン
QRコード
QR